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房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つていた後で、大股に自分の船の所へもどつて行つた。
向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。
と、その小柄な身体から出るとはとても思へない、幅のある、濁だみ声で云つた。
「をかしな男だな」
「やあ、来てますね」
「すみましたよ。さあ。何でもありませんなあ。ぢき起きられますよ。ごく軽いんですからね」
「ごめん下さい」
と、ゆつくりはじめた。
彼の妻の茂子は昨日実家へ帰つたばかりで、この家にはいないのである。
「やあ、今晩は」
庄谷はあの冷笑するやうな白眼で、物好に訊きたがる人に答へた。
だが、今、房一は向ふから彼を認め、挨拶しようとしているのだつた。徳次は瞬間眼をそむけたが、又慌ててふり向いた。そして、その時川向ふでは房一が急いで自転車から降り立ち、口に手をあてて呼ぶのを見た。瀬音のために何だかよく聞えなかつた。だが、その姿は紛れもない房一、今までもう身分がちがふのだから仕方がないと半ばあきらめながら半ば怒りを感じていた一方、どこかに忘れられず残つていた幼友達の温味、――まさにそれだつた。
「神尾司令官閣下と同列なんだよ。宇品から東京駅着。それから直ちに参内上奏されたんだよ。どうも、すばらしいね。目に見えるやうだね」